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権之助坂

更新日:2007年5月27日

場    所 上大崎2丁目 
名称の由来   江戸中期、中目黒・田道にいた名主・菅沼権之助が村人のために年貢の取立てを緩めてもらおうと訴え出たため、罪に問われて死罪となってしまいました。刑に処せられる権之助は、当時「新坂」と呼ばれていたこの坂の上から我が家を振り返り、刑場に引かれていったそうです。村に尽くした功績をたたえて、この坂を「権之助坂」を呼ぶようになったと云われています。
  また一説では、当時の道路(前述の「目黒道」)は江戸市中から白金を通り、行人坂を下って太鼓橋を渡り大鳥神社に抜けていましたが、行人坂があまりに険しく通行人が難儀していました。見かねた権之助が私財を投じて新しい坂を切り開きましたが、当時は江戸城を守る観点から勝手に道を作ることが禁じられており、権之助は事前に許可を取らなかったために、罪に問われて死罪に処せられたとも云われています。
最寄駅 JR山手線目黒駅下車  徒歩1分 地下鉄南北線・三田線目黒駅下車  徒歩1分 東急目黒線目黒駅下車  徒歩1分
坂の概要 管理者:東京都  延長:300m  平均勾配:約5.0%


坂の景色


写真右:途中の歩道橋から坂上を見た景色
写真左:途中の歩道橋から坂下を見た景色

権之助坂全景(坂上)権之助坂全景(坂下)

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権之助坂周辺のご案内

目黒駅:上大崎2、4丁目  

権之助坂のすぐそばにある目黒駅、実は品川区内にあるのです。

証拠写真その1
写真をよく見ると「品川区」「目黒駅」を見つけることができます。

 

目黒駅証拠写真1
証拠写真その2
その1よりとっても簡単です。「品川区」「目黒駅」見つかりましたか。
目黒駅証拠写真2

坂の実証レポート

ルール
坂の下から変速機がない自転車に乗り、座ったままスタートします。

さあ~レッツチャレンジ

コメント
 目黒川沿いから右側歩道をスタートするなり、この都道の歩道ときたら放置自転車と歩行者がせめぎあう状態で車道しか走れない状態。さて挑戦者から見ると右カーブの権之助坂は、下りの自動車から見ると左カーブの内側なんですね。駐車車両なんかがあったら完全に陰になります。しかも首都高を降りたばかりでスピード感が麻痺している可能性もありますよね。そんな対向車への恐怖感は上り坂の負担をすっかり忘れさせてくれます。
 古来より人々が行き交い、現在も様々な店舗が色とりどりに沿道を彩る権之助坂ですが、もちろん景色見ているヒマなんかありません。

【ポイント】
 駅前の頂上から降りてくる自動車が信号のために途絶える瞬間があります。このタイミングで一気に距離をかせぎましょう!

権之助坂レポート1権之助坂レポート2

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