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歴史と伝統

更新日:2012年11月8日

歴史

縄文時代~古墳時代

品川区域に人々が暮らし始めたのは、今から6、7千年前の縄文時代早期にさかのぼります。武蔵野台地の東端にあたる品川区には、目黒川・立会川の流域に縄文時代前期から晩期の貝塚遺跡が発見されています。 なかでも大森貝塚は、1877(明治10)年にアメリカの動物学者E・S・モース博士によって発掘調査が行われ、考古学発祥の地として全国的に知られるところとなりました。日本最初の発掘調査報告書「大森介墟古物編」は、日本の考古学研究の指針となりました。区内にはこのほかに、弥生時代や古墳時代以降を含めると24箇所の遺跡が存在します。



  • 品川歴史館  品川区大井6-11-1[地図]
    品川区では、品川の歴史に関わる貴重な文化財を保護するため、仏像や古文書、石造物などの文化財や遺跡の調査を行ってきました。
    これらの成果ををもとに、先人からの資料を保存するだけでなく、広く区民の皆さんに紹介するため、1985(昭和60)年に品川歴史館を開館しました。
  • 大森貝塚  品川区大井6-21-6

奈良時代~平安時代

奈良時代から平安時代にはいり、品川区付近には都(みやこ)と国府を結ぶ古代の東海道が通っていたと推定され、大井には中継点としての駅家(うまや)があったと考えられています。この時代から交通の要地となっていたことがうかがえます。



鎌倉時代~室町時代

さらに、鎌倉幕府の御家人大井氏・品河氏によって開発が進められ、南北朝時代には伊勢をはじめ各地から商船が入港する品川湊がにぎわいました。

室町時代に入ると武士や商人が寄進した寺院が軒を連ねるまちがつくられ、人と物資が行き交う武蔵国の表玄関としての地位を獲得しました。



江戸時代

江戸時代の品川は、五街道で最も交通量が多い東海道の最初の宿場として栄えていきました。

品川宿は、江戸四宿のうち唯一海に面した宿場であり、名所や魚介類の名物が多く、風光明媚な地として、四季折々に江戸市中から多くの人々が訪れたのです。

幕末になると、品川台場の築造をはじめ英国公使館焼き討ち事件など歴史の舞台ともなりました。



明治時代~近代

明治になり品川は、いち早く鉄道が敷設され、官営品川硝子製造所が設立されるなど近代工業の先がけとなり、京浜工業地帯の発祥地として発展していきました。

関東大震災以降は一層開発が進み、田畑が宅地や工場へとかわり、私鉄が次々と開業し、区域全体が都市化していきました。

第二次世界大戦の空襲で区域の多くが焼け野原となりながらも、はやばやと戦後の復興を遂げ、近年では、工場跡地などの再開発により新しい街がつくられ、産業や文化の伝統を守るとともに、情報発信都市として世界に大きく羽ばたこうとしています。

伝統とまつり

品川のまつりは、長い歴史を持っています。そして、今でも当時の活気をそのままに引き継がれています。神輿が練り歩き、お囃子が聞こえてくると、心が騒ぎます。まつりは、時代を越えて人々の心をかきたててくれるようです。特に夏から秋にかけてはお祭りが多く、区内の賑やかさはひとしおです。また、寺社では、季節の移り変わり毎に多彩な行事が行われ、昔からの伝統が今でも息づいています。

夏祭り秋祭りその他の行事
5月 袖ケ崎神社 9月 旗岡八幡神社 3月27・28日 千躰荒神祭
(海雲寺)
6月 品川神社
(北の天王祭)
9月 小山八幡神社 11月27・28日
5・6月 荏原神社
(南の天王祭)
9月 戸越八幡神社 4月・11月の第2土曜日 虚空蔵尊の大祭
(養願寺)
6月 貴船神社 9月 三谷八幡神社 7月1日に近い日曜日 品川富士山開き行事
6月 厳島神社 9月 氷川神社 8月13日 千灯供養
(養玉院)
7・8月
天祖諏訪神社
9月 上神明天祖神社

8月 鮫洲八幡神社 9月 下神明天祖神社

8月 居木神社 10月 雉子神社



10月 誕生八幡神社



10月 鹿嶋神社

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