東海道品川宿のはなし 第1回

更新日:平成20年12月12日

幕府は寛永12年(1635)の武家諸法度で参勤交代を義務づけました。

東海道を通った大名は、文政4年(1821)の記録では、全国の大名の総数262名のうち、153名で、58%をしめていました。

さらに毎年下向する勅使・院使、あるいは将軍名代の大名や高家に、公用の旅行者などが加わり東海道の各宿を通ったので、宿場の負担は大変なものでした。

なかでも品川宿は江戸に一番近い宿場なので、通行量が最も多かったところです。

 

また、参勤交代の大名の帰国時期は、外様大名は4月、譜代大名は6月と決められていました。

農繁期に集中していたため、助郷として人馬を出さなければならなかった周辺の村々には重い負担となっていました。

この時期の品川宿は何日も連続して混雑し、問屋・本陣・旅籠屋ともに、最も多忙なときでした。

 

さて、参勤のために江戸へ入る大名は、品川宿で小休憩し、それまでで旅装束を改めて江戸屋敷に入り、その日のうちに江戸に着いたことを老中その他の関係者に報告に出かけるのが一般的でした。

 

東海道品川宿のはなし  第7回
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