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原始から古代の品川

縄文・弥生時代

   東五反田5丁目付近にある、縄文時代早期から前期の遺跡である池田山北遺跡や、西五反田の桐ケ谷遺跡が区内で最も古い人々の営みにあたります。その後、縄文時代前期になると、居木橋遺跡など目黒川沿いで集落が営まれ、貝塚や住居址が発掘されています。縄文時代後・晩期の遺跡には大森貝塚があります。弥生時代後期に、目黒川左岸の池田山北遺跡に大規模な環濠集落が営まれていました。


池田山北遺跡出土の
縄文土器 深鉢


古墳時代から古代

 現在の大井3・4丁目付近にはかつて6世紀後半の古墳群が存在していました。古代になると、現在の大井6丁目付近一帯には大井駅が存在していたといわれています。この駅は駅家(うまや)と呼ばれており、役人に人馬や食料を供給した施設です。現在、明確な資料は残っていませんが、品川歴史館の場所には、発掘調査で古墳時代から奈良時代にかけての集落(大井鹿島遺跡)が営まれていたことが判明しました。現在、周辺から同時期の集落が見つかっていないことから、この集落は大井駅との関連性が考えられています。

大井鹿島遺跡出土土器

住居跡
大井鹿島遺跡の住宅跡地を型取りし、館庭園に移したもの。

ロビーの床
館ロビーの床には、住居の位置を示す模様が付けられています。