2025年8月1日号 広報しながわ
戦後80年、平和への祈りをこめて
戦後80年の節目を迎え、私たちは改めて平和の尊さを考えていく必要があります。区では、核兵器の廃絶と恒久平和を願い、昭和60(1985)年3月26日に「非核平和都市品川宣言」を制定しました。その思いをさらに強いものにするべく、一人ひとりが平和について考えてみましょう。
宮前小学校で戦地の兵隊へ祈る子ども
区内で行われた戦時下の防空演習
青少年長崎平和使節派遣
非核平和都市品川宣言40周年記念式典
空襲で焼けた鈴ヶ森近辺
上神明小学校の学童疎開
しながわ中央公園の平和のモニュメント
児童による大井町駅前平和の花壇への植栽
平和の尊さを次の世代へ
被爆二世 澤原さんインタビュー
当たり前の日常こそ尊いものであり、その日常を一瞬で奪うのが戦争である
生母が残していた手記が見つかったのは平成27年、戦後70年のことでした。昭和28年8月に岩波書店から出版された『世界』という本に掲載されていることを知り、図書館で読みました。母のことは病院にいた記憶しかありませんでしたので、当時がどんな状況であったのか、母がどんな思いで過ごしていたのかを知ることができました。
母の手記には戦争反対とか、戦争が憎いとか、そういったことは一切書かれていません。家に帰りたい、家族と暮らしたい。そのことがくり返し綴(つづ)られていて、命と健康がいかに大事であるか私自身深く感じました。朝起きて家族がいて、学校や会社へ行くことができて、毎日ご飯が食べられる。この当たり前のことがいかに尊いことであるか。平凡な毎日は実は非凡であることを、多くの人に伝えたいです。
尊い日常を一瞬で奪ってしまうのが戦争です。尊い命を破壊するのが戦争です。次代を担う若い人たちには、意見の違う人たちの声に耳を傾け理解する感性、相手の思いに共感する心の豊かさを身につけ、美しい音楽や文学に触れ、平和を創造していく力をつけていってほしいと思います。
負の連鎖からは何も生まれません。武力を武力で封じるのではなく、相手と誠実に向き合う心や姿勢こそが大切であることを、忘れないでください。
澤原義明さん(上大崎在住)
澤原さんは被爆二世です。澤原さんの生母は広島で被爆し、白血病により36歳、澤原さんが9歳の時に亡くなりました。還暦を迎えた平成20年に、NHK広島放送局企画「ヒバクシャからの手紙」に投稿したことをきっかけに被爆二世であることを意識し、平和活動を行うようになりました。現在、東京被爆二世・三世の会「おりづるの子」の副会長も務められています。
澤原さんの証言動画を区公式YouTubeチャンネル「しながわネットTV」で視聴できます。ぜひご覧ください。
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「品川区平和使節団」として広島・長崎へ行くお二人にお話を伺いました
平和のために私たちができることはなんだろう
私は被爆した方との“被爆体験を語り継ぐ約束”をきっかけに平和事業に参加するようになりました。平和とは何か、原爆が落とされた時の状況はどうだったのか。今回長崎へ足を運び、学びを深めるのはもちろん、現地で活発に行われている「若い世代による伝承活動」について、東京でも活(い)かせる何かを見つけたいと思います。
派遣から戻ったら、学んだことを糧に、平和に関心を持ってもらえるよう発信活動に努めていきたいです。
今村凛音さん(頌栄女子学院高等学校1年)
僕の曽祖母は沖縄戦を生き抜き、さらに戦後は生き残った家族のために、身を粉にして働いたそうです。その話は、テレビや本などで見聞きする戦争よりも本当に恐ろしく、絶対に戦争のない世界でなければという思いを強くさせました。
僕たちは、戦争経験者の実体験を生で聞き取ることのできる最後の世代です。戦争が現実になりそうな世界状況の中、広島の方々から核兵器の恐ろしさについて、生の声を聴きたいと思います。
森岡稔理さん(戸越台中学校2年)
品川区平和使節派遣事業の事前学習会の様子
問い合わせ
総務課平和・国際担当(電話/03-5742-6691 FAX/03-3774-6356)
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