2026年4月1日号 広報しながわ
 【品川区制80周年記念】品川80年の足跡をたどる vol.1

vol.1 「品川区の誕生」

旧品川区と旧荏原区が合併し、昭和22(1947)年3月15日に現在の品川区が誕生しました。来年、区制80周年を迎えるにあたり、品川区の歴史を振り返るシリーズ「品川80年の足跡をたどる」を11回にわたって連載します。第1回は「品川区の誕生」です。

品川区都市ブランドデザイン

 明治維新から約半世紀後の大正9(1920)年の第1回国勢調査によると、東京市の人口は217万3,201人。江戸時代の約2倍です。明治22(1889)年以降の東京は、東京市15区と近郊の6郡を東京府と定め、現在の品川区域は6郡のうちの荏原郡に属していました(図1)。東京市は人口拡大に対応するため、昭和6(1931)年、「隣接町村合併ニ関スル建議」を決議。隣接町村側も即時合併を熱望し、昭和7(1932)年に品川区、荏原区を含めた20区が新設され、35区からなる“大東京市”が誕生しました(図2)。昭和8(1933)年夏には「東京音頭」が大ヒットし、大東京市の市民となった人たちは盆踊りの輪の中で喜びの気分を味わったことでしょう。

 その後戦争により、東京都*の人口は大きく減少します。そのため都では35区を22区にする案を策定。これを受けて昭和22(1947)年、品川区と荏原区は合併し、新区名を品川区とすることが議決されました(図3)。

*昭和18(1943)年、東京府と東京市を統合し東京都制が施行された。

昭和8年 大ブームの東京音頭写真
大ブームの東京音頭 昭和8(1933)年
提供=三光堂角田商会

東京の変遷

【図1】東京府6郡と東京市15区 明治22(1889)年

図1 東京府6郡と東京市15区 明治22年地図

【図2】大東京市35区の新設20区 昭和7(1932)年

図2 大東京市35区の新設20区 昭和7年地図

【図3】東京都23区 昭和22(1947)年

図3 東京都23区 昭和22年地図

※22区に編成されたのち板橋区から練馬区が分離独立し、23区となる


次回予告
「戦後の品川」(1947~1956年頃)

この連載は2014年に発行した「品川区史2014」から内容を構成しています。

「品川区史2014」は販売や図書館での貸し出しも行っています。ぜひご利用ください。

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