2026年7月1日号 広報しながわ
 【品川区制80周年記念】品川80年の足跡をたどる vol.4

品川区制80周年記念ロゴ

品川区制80周年を記念したロゴマーク

来年、区制80周年を迎えるにあたり、時代とともに品川区の歴史を振り返ります。

vol.4「区の役割の増大と総合庁舎の建設」(1965~1972年頃)

 昭和40年代の品川区は、高度経済成長による発展の一方で、工場の排水や排煙、自動車の排気ガスや騒音、交通事故といった都市問題への対応が大きな行政課題となりました。このような課題がある中で実施された東京都から特別区への事務移管、総合庁舎の建設、23区初の区長準公選など、主に行政面の品川区の変化を見ていきましょう。

区民に身近な行政サービスを担う

 昭和40(1965)年の都区制度改革により、多くの事務が都から区へ移管され、特別区は福祉業務などの住民生活に密着した行政サービスを担う存在として大きな転換期を迎えました。

 移管や拡充により区の事務となった主なものは、生活保護関連事務などの福祉事務所の業務、母子寮・児童厚生施設の設置管理、公園の管理、妊娠届の受理と母子手帳の交付などです。これにより、区は地域の実情や区民の暮らしに即した施策を進める「身近な自治体」としての役割を強めていきます。

学童保育クラブ 昭和40年写真
学童保育クラブの開設(昭和40年)

総合庁舎の建設と組織の一元化

 昭和43年には、品川区総合庁舎が大井町駅近くの広町に完成しました。

 それまでの区役所機能は、税務・区民・土木の3部門が第一課と第二課に分かれており、第一課は第一庁舎である旧品川区役所、第二課は荏原支所改め第二庁舎に置かれていました。昭和22(1947)年の新品川区誕生以来の二元行政が積み残されていたのです。当時の職員の気風にも「品川」「荏原」という所属意識が残っており、それは区民の意識を少なからず反映していたかもしれません。そのような状態に終止符を打つため、広町の国鉄大井工場の敷地の一角を買収し、昭和41年、地上8階・地下1階の総合庁舎建設に着工。そして昭和43年、京浜東北線と東急線の大井町駅に近く、旧品川区と旧荏原区の境に位置する格好の場所に総合庁舎が竣工し、懸案だった組織も一元化されました。

 区の事務開始後、東京都第二建設事務所、品川労政事務所、品川税務事務所、大井消防署大井権現出張所、法務省東京法務局品川出張所が移転し、文字どおり「総合庁舎」となりました。

住民自治を反映した区長準公選

 昭和27年の地方自治法改正により特別区の区長は、区議会が区長候補者を選任し都知事の同意を得て決定する方式となっていました。しかし、特別区が住民に最も身近な自治体へと変化していく中で、各区で準公選*により区長を選ぼうという動きが芽生えていきます。品川区でも、区民の意思で区長を選びたいという声があり、区議会が中心となって準公選制度の実現に取り組み、昭和47年11月12日に特別区初の区長準公選投票が実施されました。

 この投票では、前区長の杉本重蔵氏と前助役・区長職務代理者の多賀榮太郎氏が立候補し、多賀氏が最多得票を獲得。その結果を受けて区議会が多賀氏を区長候補者に選任し、都知事の同意を経て区長に就任しました。区民の意思を区政に反映させる試みとして注目され、品川区における住民自治の発展を象徴する出来事となったのです。

*「区議会が区長候補者を選任し都知事の同意を得て決定」する際に、先立って区民投票を実施し、その結果を踏まえ区議会が区長候補者を選任するというもの

区民投票実施本部 昭和47年写真
準備に忙しい区民投票実施本部(昭和47年)

次回予告
「緑豊かな近代都市をめざして」(1973~1981年頃)

この連載は2014年に発行した「品川区史2014」から内容を構成しています。

「品川区史2014」は販売や図書館での貸し出しも行っています。ぜひご利用ください。

問い合わせ

総務課総務係(本庁舎5階 電話/03-5742-6624 FAX/03-3774-6356)