2026年9月1日号 広報しながわ
【品川区制80周年記念】品川80年の足跡をたどる vol.6
- 品川区制80周年記念ロゴ

来年、区制80周年を迎えるにあたり、時代とともに品川区の歴史を振り返ります。
vol.6「区民がひとつになれるもの」(1982~1986年頃)
昭和57(1982)年に区制35周年を迎えた品川区では、大崎や西大井で再開発が始まり、製造業を中心とした産業構造は、商業やサービス業などの第三次産業のウエイトが増えていきました。
また、八潮パークタウンやしながわ区民公園の整備も進み、品川区長期基本構想が掲げた「住宅と産業の調和のとれた緑豊かな近代都市」の実現に向け、まちの姿が大きく変わりつつありました。
区民のための緑あふれる公園を
公園緑地の整備は、昭和40年代半ばから常に区民の要望の上位にありました。昭和45(1970)年に区は、下水や工場排水によるヘドロの堆積や悪臭が発生し、周囲の環境に悪影響を及ぼしていた勝島運河の埋め立てと公園建設を港湾管理者である東京都に求めます。都区間の協議の結果、区が主体で整備を進めることとなり、昭和52年に埋め立て工事を開始。昭和58年には噴水広場などが先行開園し、公募により「しながわ区民公園」と名付けられました。
その後、昭和62(1987)年に全面開園。広さ12万4,200平方メートルのしながわ区民公園は、緑化と自然の回復・スポーツとレクリエーション・防災といったさまざまな機能を持つ総合公園として位置付けられました。大きな公園を求める区民の願いを形にしたことに加え、ヘドロの海を緑あふれる公園にした点で、品川区のまちづくりの中で画期的な事業のひとつとなりました。

噴水広場(昭和58年)
区民がひとつになれるもの-品川音頭、品川区民憲章
急激な都市化により地域の連帯感が薄れてきている状況を踏まえ、区民が共有できるシンボルや理念をつくり、郷土愛を育む取り組みが進められました。そのひとつが、昭和53年に制作された「品川音頭」です。歌詞は区民から公募し、124点の応募の中から選ばれた歌詞に、のちに名誉区民となる服部良一さんが作曲。都はるみさんの歌でレコード化されました。現在でも区民まつりや地域の盆踊りなどで踊られ、広く区民に親しまれる「ふるさと品川」の象徴となっています。
昭和57年の区制35周年には「品川区民憲章」を制定。これは区民意識と連帯意識を高めることが住民自治の原点であるとの考えから、よりよいまちづくりのために区民の心のよりどころとなる行動規範を区民総意のもとにつくったものです。制定にあたっては制定委員会を設置し、文案を公募。136点の応募をもとに素案を作成し、答申の最終段階では「品川区民は」を「わたくしたちは」へ改めるなど、区民が主体であることを明確に打ち出しました。

第3回品川区民まつり(昭和56年)
よりよいまちづくりは平和であってこそ
昭和50年代後半、米ソの核軍備競争の激化を背景に、国内でも非核・平和を求める機運が高まっていきます。昭和57年に区は、よりよいまちづくりは平和であってこそ実現できるという立場のもと「核兵器の全廃と軍縮の促進を求める区長声明」を国連へ送付。そして昭和60年3月26日に「非核平和都市品川宣言」が区議会で全会一致により可決され、この日が宣言日となりました。宣言後も品川区平和基金の設置や広島・長崎への青少年派遣などを行い、非核・平和への取り組みは今日でも区政の柱のひとつとなっています。
- 次回予告
- 「バブル期、変わりゆく品川」(1987~1991年頃)
この連載は2014年に発行した「品川区史2014」から内容を構成しています。
「品川区史2014」は販売や図書館での貸し出しも行っています。ぜひご利用ください。
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