江戸時代の道 第3回

更新日:平成20年12月15日

目黒道 (めぐろみち)は、現在も目黒のお不動様として親しまれている龍泉寺への参詣の道であっただけでなく、周辺地域への名所見物や名物を楽しみにした行楽の道でもありました。

この目黒不動周辺には、名所が多く『江戸名所図会 (えどめいしょずえ)』には、行人坂 (ぎょうにんざか)・明王院・夕日の岡・蟠竜寺・安養院・蛸薬師如来 (たこやくしにょらい)・目黒不動堂・大鳥大明神社 (おおとりだいみょうじんじゃ)などが紹介されています。

目黒道を示す道標は、龍泉寺を中心として、現在30基余りが世田谷区、目黒区、品川区に残っています。

この道標から、江戸市中や品川宿だけでなく、広い範囲の地域から目黒不動尊周辺に人々が訪れていたことがわかります。

今回は、東海道品川宿内から目黒不動方面への道筋と、江戸市中からの道筋を探っていきましょう。

品川宿からは、概ね3つのルートが考えられます。

その1つ目は、北品川宿の清水横町(北品川1丁目)から西へ入り、御殿山から下大崎村袖ヶ崎(東五反田2,3丁目付近)へ、そして西五反田3丁目の徳蔵寺脇を通り、目黒川に架かる谷山橋 (ややまばし)を渡って安楽寺・氷川神社の前を通って目黒不動へと至る道筋です。

2つ目は、北馬場(北品川2丁目)からは品川神社の北側を通って、目黒川に架かる居木橋を渡り、居木橋村北部を通り抜けて、中原街道に出て、安楽寺をへて目黒不動への道筋です。

3つ目としては、南品川宿、今の南品川1,2丁目付近の南馬場から西へ入り、天龍寺脇の道を通って、日本ペイント株式会社 明治記念館の脇から居木橋村北側を抜けて安楽寺をへて目黒不動へ、または居木橋村北側ではなく西品川3丁目の観音寺・貴船神社付近から中原街道を抜けて地蔵の辻(朝日地蔵のところ)を通って、目黒不動へ向かったようです。

次に、江戸市中から品川宿を経由しない主な道筋をみてみましょう。

今の港区二本榎から中原街道を利用して、東五反田一丁目付近から西に入り徳蔵寺・谷山橋・安楽寺を経て目黒不動へ、もしくは徳蔵寺に向かわず直進し、今の本村橋を渡ってから安楽寺方向へ行く道筋でした。

また、今の港区白金(江戸時代の白金大通り)から六軒茶屋町、今の誕生八幡神社付近から目黒駅近くの行人坂を経て、目黒川に架かる太鼓橋を渡って、目黒不動に至る道筋がありました。

さらに、港区赤坂・麻布付近からは広尾を経て爺ヶ茶屋 (じいがじゃや)(目黒区三田2丁目)を通って茶屋坂から目黒川に架かる田道橋などを渡り、大鳥神社から目黒不動へゆく道などもありました。

このように目黒不動尊へは、江戸からも周辺の村々からも多くの道筋がありました。

当然、参詣者も多く、目黒駅近くの上大崎4丁目から下目黒2丁目に下る行人坂をすぎるあたりから竜泉寺門前まで酒食の茶屋や土産物屋が連なっていたといいます。

次回は、品川区内に今も残る目黒道を示す道標と目黒不動尊門前の名物などについてお話します。

 

江戸時代3
・ 「文政十一年道標」 (1828年)

 正面に「西めくろ」 と標示されています。

 貴船神社内 西品川3-16-31

 

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