品川神社石造鳥居並水盤
ページ番号1003760 更新日 2026年10月1日


- 種別
- 有形文化財(建造物)
- 指定番号
- 第一号
- 所在地
- 北品川3-7-15 品川神社
- 指定年月日
- 昭和53年11月22日
- 見学
- 可
- 詳細
- 寛永十五年(一六三八)、将軍家光は、帰依する沢庵宗彭のために東海寺を建立するが、寺地に隣接する品川神社は境内の一部が東海寺用地となった。この時、幕府は替地を下付して、当社を東海寺の鬼門除けの鎮守とし、社殿から神主の居宅までを新築整備した。
家光の腹心で老中を勤める下総(現千葉県)佐倉藩主堀田正盛は、東海寺造営後、当社に石造の鳥居一基と石造水盤ーロを寄進した。
鳥居は安山岩で造られており、両柱の表には、当初、「武州品川三所大明神擁護萬松山艮隅、鎮静六十州家國、是故永崇尊神威、石鳥居石水舟奉寄附此於廟前」(右柱正面)、「慶安元年戌子九月吉日従四位上侍従堀田加賀守紀正盛」(左柱正面)と刻まれていた。さらに宝暦十二年(一七六二)の堀田出羽守正邦(正盛の子孫)による修理銘と慶安元年(一六四八)に造立されたものであることが記されている。また、江戸時代には、参道石段の上に置かれていたが、明治維新以後、現在の地に移された。
水盤も鳥居と同様、慶安元年、堀田正盛が稲荷大明神の廟前に寄進した旨の銘文が刻まれている。
共に、江戸初期の石造遺物として価値が高いが、特に鳥居は東京都内に現存するものの中で、上野東照宮の寛永十一年(一六四三)造立の鳥居に次ぐ古いものである