東海道品川宿本陣跡
ページ番号1003802 更新日 2026年10月1日

- 種別
- 史跡
- 指定番号
- 第七号
- 所在地
- 北品川2-7-21 区立聖蹟公園
- 指定年月日
- 昭和53年11月22日
- 見学
- 可
- 詳細
- 本陣とは、もともと武将が戦場にいるときの本拠地をさす言葉だったのが、転じて武家の主人の宿泊所を指すようになったものである。大名が旅をするとき、はじめは宿場のなかで設備の整った住居を宿としたが、次第に定宿となり、寛永十二年(一六三五)に参勤交代の制度が整えられたころからこれを「本陣」と呼ぶようになった。品川宿の本陣は、はじめ北品川宿と南品川宿に一軒ずつあったが、南品川宿は早くに無くなり、江戸時代中期には北品川宿のみとなった。本陣の建物には、武家屋敷に見られるような、門、玄関、書院などがあり、大名行列の駕籠や長持などの荷物を置く場所が設けられていた。大名の休憩や宿泊のときには、本陣の前にその大名の名前を記した関札が建てられた。
この場所は、品川三宿(歩行新宿・北品川宿・南品川宿)のほぼ中央に位置し、参勤交代の諸大名や公家・門跡などの宿泊・休息所となっていた。
明治五年(一八七二)、宿駅制度が廃止された後は、警視庁病院などに利用されたが、昭和十三年(一九三八)に公園となった。明治元年(一八六八)明治天皇行幸の際の宿舎(行在所)となったことにちなみ、聖蹟公園と命名され、史跡として保存されている。
約八百坪余(約二六五〇平方メートル)の本陣らしい意匠の公園で、区民に利用されている。