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非核平和都市品川宣言制定25周年記念「座談会とコンサートのつどい」

更新日:2010年3月24日

座談会とコンサートのつどい1
濱野区長非核平和都市品川宣言の朗読パネル展示座談会とコンサートのつどい2芦澤さんと長久さん座談会とコンサートのつどい3
3月24日(水)、きゅりあん(大井町駅前)で、非核平和都市品川宣言制定25周年記念「座談会とコンサートのつどい」が行なわれ、120人が参加しました。

品川区は、核兵器の廃絶と恒久平和の確立を願い、昭和60年3月26日に「非核平和都市品川宣言」を制定しました。この間、同宣言の趣旨を次の世代に伝えていくため、中学生や青少年を被爆地である広島と長崎へ派遣する「平和使節派遣事業」、大井町駅前などへの「平和の誓い」像の設置、品川図書館平和資料コーナーの充実、非核平和パネル展など、様々な事業に取り組んできました。

はじめに、濱野区長から「戦争の記憶が薄くなっていくことを危惧しています。今日をきっかけに、今の平和が尊い犠牲の上に成り立っているということを思い出していただければと思います。皆さんもどうか、ご家族やご友人と平和についてもう一度思いをはせていただきたい」と挨拶がありました。

座談会では、非核平和都市品川宣言制定25周年を迎えるにあたり、「非核・平和意識を次代へつなぐ、平和の大切さを伝える」をテーマに、区内在住の被爆者および戦争体験者の貴重な体験をそれぞれお話しいただきました。

広島出身で現在区内在住の長久勝之さんは、原爆投下の3日後にご親戚を探すために広島市内に入り、被爆した体験を話しました。被爆時、10歳だった長久さんは「広島市内は焼け野原で人もあまり歩いていなかった。電車が骨組みだけのガイコツのようになっていて怖かった」と当時を振り返りました。

また、東京での戦争体験を話した南品川在住の芦澤美佐子さんは「当時は女学生だったが、工場で働いていたのでほとんど勉強はしなかった。今の学生の皆さんには勉強をしたくても、できない時代があったことを知ってほしい」と話しました。

壇上には、昨年夏に平和使節として広島市を訪問した中学生6人も上がり、現地で戦争体験者の話を聞いて感じたことや、平和の大切さなどを話しました。

壇上の中学生は「自分たちのまわりには戦争について知らない人も多い。今日の貴重な体験をまわりの人たちにも語りついでいきたい」と話していました。

座談会に続いて、品川クラシック音楽協会によるコンサートも行われました。

そのほか、会場入口には、広島に落とされた原爆の被害写真や、東京都の空襲被災状況の地図などが展示され、来場者は足を止めて見入っていました。