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被爆樹木二世(アオギリ・クスノキ)の植樹について
更新日:令和8年3月27日
被爆樹木二世植樹式(令和8年3月25日)
被爆樹木とは、1945年8月6日に広島の地で、8月9日に長崎の地で被爆し、核兵器の熱線や爆風にさらされながらも、再び芽吹き、今、なお、広島、長崎の地で生き続ける、「アオギリ」と「クスノキ」のことを言います。
次世代に「平和への思い」を継承していくことを目的に、品川区が加盟している平和首長会議から、この被爆樹木「アオギリ」と「クスノキ」の種から育てられた苗木を譲り受け、しながわ中央公園に設置された「平和のモニュメント」の横に植樹することといたしました。
※桑本さんの「桑」の漢字は、旧文字(JIS第3水準漢字のクワ)となります。
次世代に「平和への思い」を継承していくことを目的に、品川区が加盟している平和首長会議から、この被爆樹木「アオギリ」と「クスノキ」の種から育てられた苗木を譲り受け、しながわ中央公園に設置された「平和のモニュメント」の横に植樹することといたしました。
植樹式当日の様子
広島・長崎平和使節派遣生からの「平和のメッセージ」
令和7年度広島・長崎平和使節派遣生が、被爆地に赴いたからこそ、感じた未来に向けたメッセージを発表しました。広島平和使節派遣生(品川区荏原平塚学園8年生 佐原 菜那子さん)
| 私は広島平和使節派遣生としての活動を通し、平和について様々なことを学びました。その中で、私が平和について大切だと考えたことを二つ話します。 一つ目は、平和のためにどんなことでも話し合いで解決することです。そんなことは当たり前だと思うかもしれません。しかし、話し合いで解決するためには、他人任せに身を委ねるのではなく、自分から行動することが大切だと思います。私は派遣プログラムの一環で被爆者の桑本さんの講話を伺う機会がありました。お話の中で、桑本さんは「何事にも戦争が一番いけない、それを周りの人にも伝えてほしい」と覚悟のこもった眼差しで力強くおっしゃっていました。私は、ただ争いがない状態ではなく、話し合いで結論までいきつくことが大切だと思います。そのために、被爆者の思いを直接受け取った一人として、自分から行動に移していきたいです。 二つ目は、日常を当たり前だと思わないことです。派遣を経て、特別な日だけではなく、日常が守られていることが平和だということを感じたからです。広島の平和記念資料館で見た、原爆で炭化したお弁当や歪んだ自転車からは、広島の人々の何もわからないままいきなり失われた日常が伝わってきました。私たちは、周りの方々やこれまでの先人たちの絶え間ない努力のおかげで安心して生活できています。その方々に感謝し、更に次の世代に繋げるためにも今するべきことに全力で取り組む必要があると感じました。 平和な未来は誰かが用意していてくれるものではありません。誰かが守っていてくれるものでもありません。平和への思いを繋いできてくれた先人たちの思いを受け取り、繋げるのは私たちです。私一人では微力かもしれません。それでも、学んできたことを糧に全力で平和に向き合い、諦めずに未来に進んで行こうと思っています。皆さんも少しだけでも平和について心に留めておいていただけたら嬉しいです。 |
長崎平和使節派遣生(私立頌栄女子学院高等学校1年生 今村 凛音さん)
| 私は昨年8月、被爆・終戦から80年という節目の年に、青少年長崎平和使節派遣団の一員として、平和記念式典やフィールドワーク、ディスカッションに参加させていただきました。 この派遣を通して私が強く考えさせられたのは、「平和とは何か」、そして「未来を担う私たちがどのように平和を築いていくべきなのか」という問いでした。学びを深めていく中で、特に印象深かったのは、被爆者の方々のアメリカに対する向き合い方です。 派遣に参加する前まで私は、日本のアメリカに対する態度について疑問を抱いていました。原爆を投下されたにもかかわらず、それを正当化している国家と友好的な関係を築いている現状は、被爆者の方々にとって受け入れ難いものではないかと考えていたからです。 しかし、被爆者の方にアメリカとどのように平和的な関係を築いていくべきかという質問をしたところ、「アメリカは寛大な国だ。恨みからは何も生まれない。ただ、核兵器をなくしてもらえるよう訴え続けるだけだ」とおっしゃいました。さらに、当時食料難で苦しんでいたご自身を助けてくれたアメリカの人がいたというお話も聞かせてくださいました。その言葉を聞いたとき、私が見ていた歴史がいかに一部分に過ぎなかったのかを思い知らされました。さまざまな角度から歴史を学び、起きた事実の全体像を知ることの重要性に改めて気づかされました。 また、マレーシアの元首相、マハティール・ビン・モハマド氏の講義では、日本軍が過去に犯してきた罪について、自分自身が十分に向き合えていなかったことにも気づかされました。東南アジアや中国、朝鮮半島の人々にとって、日本が単なる被害者として振る舞い、自国の被害だけを訴えることは、決して受け入れられるものではありません。 しかし同時に、それでもなお日本を慕ってくださる人々がいることも事実です。私たち日本人は、その方々に許され、支えられてきた側面もあります。私は、その関係性の中に未来の平和の可能性があるのではないかと感じました。過去の罪と向き合いながら被爆の実相を伝え続け、対話を重ね、互いを尊重し合う。その積み重ねこそが、平和な世界を実現するために必要なプロセスであると考えるようになりました。 無関心からは平和は生まれません。戦争や平和に関心を持ち、学び続ける姿勢を持つことが、平和への第一歩です。平和とは、誰かがつくるものではなく、私たち一人ひとりが考え、行動することで築かれていくものです。今日ここに集まった私たち一人ひとりが、その一歩を踏み出していくことを願い、以上で私の発表を結びとさせていただきます。 |
苗木の成長を見守ろう
植樹後の苗木の成長過程を定期的に更新いたします。2026年3月25日 植樹式後
雨の中、被爆樹木二世の苗木をしながわ中央公園に植樹いたしました。
アオギリに葉がついていないので、心配ですが、これからの成長を一緒に見守ってください。
(アオギリ) (クスノキ)
2026年6月ごろ掲載予定 成長過程(1)
小さかった苗木がどのように成長していくのかをご紹介していく予定です。
※被爆アオギリ二世(広島)
昭和20年(1945年)8月6日、爆心地から北東へ約1.3kmにあった旧広島逓信局の中庭で被爆したアオギリ。昭和48年(1973年)に平和記念公園に移植された。
このアオギリが実らせた種を発芽させ、成長した苗木が「被爆アオギリ二世」。
※被爆クスノキ二世(長崎)
昭和20年(1945年)8月9日、爆心地から南東へ約800mのところにあった山王神社の2本のクスノキは、強烈な熱線と凄まじい爆風により大きな被害を受け
た。現在は長崎市の天然記念物に指定されており、このクスノキの種から育てられた苗木が「被爆クスノキ二世」。
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総務課 平和・国際担当
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